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姉誕生日おめでとーーーーーー!!!!!!!ヒューヒュー!パフー!

というわけで6月のマフィア組いろいろ。エロもグロもない。ハッピーでラブリーでハートフル。










天気予報では晴れだった。どうせ晴れるだろうと思いながらわざわざ確認した天気予報では晴れで、ようやく夏らしい陽気になりそう、だったので久々にドライブでもしたいなぁと言った。彼女が「せやねぇ」と彼の訛りを真似るので止めてや恥ずかしいと笑ったりしながら、海行こかな、そういえば行きたい言うてた店どこやったかな、などと考えていた。
久々の休みだった。仕事が決まっているわけではないがアレもコレもボクがやっとかなと面倒事を追い回す毎日の中で、鈍感なようで機微に気のつく幼なじみが「たまには1日オフで過ごしなよ」と差し出してくれた休日だった。忙しいようで暇なので忙しくしているという彼女も暇を寄せ集めて1日を開けられることになったので、つまり、久々の仕事ついでではない一日デートだった。仕事の合間にルート検索なんかしつつ、張り切っていたのは、彼女が楽しみだと笑ったからで。


「雨やんか」
外に出るまでもなく雨だった。パンツ姿で寝たジョーはパンツ姿のままで、絶え間なく模様を変える窓の雨粒を見ていた。雨やんか。再び呟くと、彼が脱いだままにしてあった靴下なんかを拾っていたイコが「せやねぇ」と鷹揚な声でこたえた。雨だ。小さい窓から見える街はずっとずっと先まで雲で陰り靄がかっている。眠った頃には星が見えていたはずなのに。

「どーする、映画でも行く?」
「映画なぁ、イコさん観たいのある?」
「うーん…私はあんまりチェックしてないなぁ。アルマンは詳しいんだけど」
「ああ、映画好きそやな」
彼女の旧知を思い出そうとすると、はじめにたっぷりとした谷間が頭に浮かんでしまう。朝から濃いなぁと独り言をいったら肩をぶたれた。いや違うて、しゃーないやん、あの人がおっぱい隠してるところ見たことないで、ボクちょっと触らしてもろたけど良いおっぱいやと思たし別に悪いことやないやん、ちゃんと顔も覚えとるし前に一緒に飲んだときイコさんもあの人のことデブて呼んどったやんかあの人もイコさんのこと白髪て呼んどったやんかボクの覚え方なんかかわいいモンやんか、と、始めの二言まで声に出して残りを心に仕舞った。
ちゃうねん、映画やろ。言いながら、公開中のタイトルを記憶から引っ張り出す。思いつく限りでは、どれも、人が死んだり逃げ回ったり騙しあったりしている気がする。あと少しすれば、もっとハッピーでラブリーでハートフルな夏らしい映画がいくつか封切りされるはずなのだが。
「びみょーやなぁ」
おもしろそうなものはあるけれど、それを彼女が好むかというと、別だった。イコが好きなのはとにかく明るくハッピーエンドの映画で、それ以外を映画館で観るのは苦手だと、遙か昔に聞いたような気がする。ジョーはずっとそれを気にしてきた。理由に見当をつけようとすると、彼女の「苦手」はすべて例の出来事に繋がる気がするし、それが当然のことのように思えるので、敢えて確認もしなかった。なるべくなら避けてやりたいと、そういう、ちょっとした気遣いみたいなものを悟られるのも恥ずかしい。とにかく映画はびみょーなので、話題をどーする?に戻そうとする。と、控えめな音で三度ほど、ドアがノックされたので、二人は揃って「はい」と声を上げた。
細く開けられたドアから顔を半分のぞかせたのは、今日という日を用意してくれたその人で、なんとも情けない顔を見るに、どうやらジョーの「休日」はここで一時中断らしく。まぁええわ、雨やもん、今度晴れた日に振り替えてもらえばええねん、と独り言のようにこぼしながらドアの外に立ちっぱなしのシルヴィオに手招きする。
「どないしたん」
「うん、今日、バーブラたちと活動報告なんかをする予定だったんだけど」
「マメやなぁお前」
「それが、ちょっと向こうにトラブルがあったみたいで、僕がヘルプに入るんだけど」
「うん。じゃあボクはバーブラちゃんの相手したらええの?」
「そう、でも、出かけるところなら、他の人に…っていうか、なんか、ごめんね」
僕が休めって言ったのに。謝罪の言葉は歯切れが悪い。仕方のないことだった。まともに仕事や金の話ができる人間は限られているし、その中でもすぐにつかまるようなやつは、それこそジョーくらいしかいないのだ。この部屋の向かいでいびきをかいているピンク頭など論外で、アレを客前に出すくらいなら帰ってもらった方がマシ、という有様なので、仕方がない。イコもそれは分かっているので、残念そうな顔さえせずにクローゼットから派手な色のシャツを取り出して、ベッドの上にぽんと投げる。ええねん、雨やし、女の子に会えるしな。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







応接室の扉が開いて顔を出した見慣れた下睫毛、を見てバーブラはとても驚いた。シルヴィオからは彼は休みを取っていると聞かされていたし、面倒を起こしたのはこちらなのだから人手が足りないならばどうでもいい収支報告などは後日に回しても全く問題ないと三度は繰り返したはずだったのに、わざわざスーツを着て現れた下睫毛が「雨やねぇ」などと言いながらさも当然のように向かいのソファに座ったからだ。そしてそれにどう対応しようかと考える間もなく、しばしば顔を合わせるアルマンの友人でジョーの恋人である女性が(彼と同様に休日であると聞いていたにも関わらず)コーヒーを運んできたので、あの生真面目な元婚約者の後頭部をはたいてやりたい気持ちになった。


「いや~、雨なもんで、予定がパーになってもて。今日働かんと振り替えももらえませんから、もうありがたいくらいですよ。ホンマに。なぁ?」
「そうねぇ」
雨だもんねぇ。穏やかな声で応じ、イコは顔を上げずに書類をめくった。こうなれば早く済ませようと焦りながら文字を追うバーブラに対し、二人はのんびりとコーヒーをすすりながら「お金があるってええねぇ」と誰に言うでもなくこぼしている。ああいやだ。シルヴィオのふにゃふにゃした笑顔に頭の中でパンチを入れる。本人たちが気にしていようがしていまいがこちらは気にしてしまうのだ。
「そういえば」
ペロ・ネグロのあまり多くはない収入項目を読み飛ばし、今後動員予定のマンティデに対する支援構成員…にさしかかろうとしたところで、ジョーがそんなことを言うので、バーブラはぱっと顔を上げた。彼もこちらを見ていた。
「トラブルって、どうしましたん」
「それは…」
それは。それは本当にトラブルなのかどうかも分からないことなのだけれど。
「ちょっとした、断れない、お誘いってありますよね?」
「まぁ、そうやね。世話になってる人とかやと」
「それに、挨拶だけでもということで、こちらから二人行かせたんです」
それがエリゼとマリオなわけなんですけど。縁のある方の娘さんの誕生日パーティーだとかで、朝から、お祝いの言葉と贈り物を。あの方はロヴィのことを気にかけてくださっているのですけど、ロヴィは今夜のこともあって、手があけられなくて。あら。
「今夜のこと、よろしくおねがいしますね」
「ああ、いや、こちらこそ、くれぐれも失礼のないように言っときますんで」
「ふふ、でも、お断りされるとばかり。ひょっとして、断れないお誘い、でしたか?」
「ぶっちゃけ、ボクとしてはそうやけど、て言ったらあかんかな。でもアイツはそういうの関係ないんで、たぶん、嫌ではないんやと思います」
「なんでしょうね、代表同士の会合というより、親同士にセッティングされた初デート」
「うわそれめっちゃヤバい」
三人でひとしきり笑って、いえいえ、トラブルの話ですけど、と咳ばらいを一つ。ちらりと壁にかかった時計をみやると、時刻はランチタイムにさしかかろうとしていた。エリゼたちが会場についたと連絡を寄こしてからもう一時間は経つ。
「会場に、すこし、面倒な方がいらっしゃるようで」
会場にはいってしばらくしてから、エリゼたちの携帯電話が死んだ。あらかじめスタッフとして入れておいた構成員から「面倒な方」の情報を受け取ってから、二人には電源を切らないようにと伝えていたにも関わらずだ。おそらく、その程度は不明であるが、「面倒な方」が面倒ごとを起こしたのだろう、と、判断したのは、追加で送った構成員が追い返されたと連絡をよこしてきた時だった。それがちょうど、ここペロ・ネグロの応接室に通された頃で。
マンティデの実働要員はほとんどが素人に毛の生えたような者たちである。他組織が絡んでいそうな時には逃げ帰るよう指導してあるし、今回もこの時点で離脱させた。自分が行くと言い出したエルミに、はじめはバーブラもついていくつもりだった。まさか一人で行かせるわけにはいかない。シルヴィオには悪いけれど、今日の報告は後日にまわしてもらって、そう言いかけた彼女を制して「僕が行くよ」とシルヴィオは言った。君は戦闘員じゃないだろう、僕たちは同盟関係にあるわけだし、今からほとんど素人をかき集めるより僕が一緒に行ったほうがいいはずだ、言いながら立ち上がるシルヴィオをみて、これは決定事項なのねと苦く笑った。妙なところで頑固なこの男のことはよくわかっている。そんなこんなで。
「シルヴィオをお借りすることになってしまって」
「いやそれわりと大変とちゃう?大丈夫なん?」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





今日の仕事は単純で簡単だった。アホな金持ちのパーティーに潜り込んでターゲットの動向を監視する。それだけ。俺は吹き抜けの二階、手摺りのすぐそばに。俺と同じく下っ端のFとOはそれぞれ一階パーティーフロアと階段の踊場に。DとFとOは渡された端末からターゲットのオッサンが窓際に立っただの女の尻を揉んだだのとどうでもいいことをBに報告し、Bが会場外にいるIにそれを伝え、Iがこの場を取り仕切る。単純だ。俺は飲み終えたカクテルグラスを一階にいる頭が爆発した女めがけて落とす。オー!申し訳ない!叫べば誰も大事にはしやしない。
パーティーフロアは予想外に混んでいた。本来なら庭を解放しそちらメインで行われるはずだったお誕生会が、雨で室内に移行したせいだ。壁に余計な装飾をつける金があるなら庭にも屋根をつけりゃいいのに、金持ちっていうのはみんなバカだからそういうことをしない。おかげで通路とプライベートルームしかない二階にも人は多く、手摺り脇にいる俺にもドカドカ馬鹿がぶつかってくるし、Fは通信端末を落として踏まれておしゃかにした。Bはかわりに古くせぇ無線機をFに渡したが、俺とOは無線機なんぞ持っちゃいないのでFとの連絡はお互いの中指だけになる。ファッキュー。

『D、おい、いい女でもいたか』
「いたらこんな所に突っ立ってねぇよ」
『へへ、Fを見ろよ、暇すぎてソファで寝てる』
Oは軽口が多い奴だった。ピアス型のスピーカーからしょっちゅうあいつの間の抜けた笑い声が聞こえ、正直俺は苛々していた。Fの端末が生きてたときはアホ二人が勝手に喋っていたが、アホ一号が消えた今、二号は俺に話しかけてくる。パーティーフロアを見下ろすと、確かに壁際のソファでFが腕を組んで座ったまま寝ていた。舌打ちをする。
『おい、オッサンどこいった?』
「あ?ピアノの横だ」
『ピアノ……おい、D、妙な奴がいるぞ』
Oが声を潜めた。俺は朝からブランデーをキメているターゲットから目を離し、その周囲を見回す。どんな奴だと問うと『こっちを見てる』と明らかに焦った声が返ってきた。視線を走らせる。なんだ、おい、クソ、監視だけじゃねぇのか。わらわらと蠢く人間の頭の中に、不自然に上を向いた顔を一つ見つけた。踊場だ。Oのいる踊場を見ている。男か女か遠目では見分けがつかない、服装と髪型からして男か?めんどくさそうだ。目を付けられる前に撤退するに限る。
何気ない素振りで「妙な奴」に背を向け、律儀に二階通路まで練り歩いてるボーイに声をかける。マリンブルーのカクテルを一杯受け取り、また階下に目を向ける――と、目があった。そいつは俺を見上げていた。黒い口紅で囲まれた口が笑んでいる。女?何ともいえない。とりあえず良い感じの視線ではない。俺はまたそいつに背を向け、狭い通路に犇めく参加者たちのなかに紛れ込む。流れにそって階段を降りてしまえ。
「おい、金髪のヤバそうな奴がこっちを見てる。離脱するからな」
歩きながら端末のボタンを切り替えてBと連絡を取る。たとえNOと言われても俺はここから離脱する。安い報酬で面倒に巻き込まれるのはごめんだ。しかしBから返答はない。俺は階段にさしかかる前に壁に身を寄せ、通信端末をスラックスのポケットから取り出す。液晶画面は正常に表示されているが、通信マークが消えている。故障か?それならそれで撤退する理由ができるから好都合だ。
「やだ、電波入らない」
は?その声の方に顔を向けると、けばけばしい顔のババアがスマートフォンを振っていた。それに続いて、似たような声があちこちからあがりはじめる。畜生、クソッタレ、めんどくせぇ。通信妨害だ。会場の空気が、賑やかなざわめきから不安げなものに変わっていく。追い討ちをかけたのは一階、どうやら出入り口付近から聞こえた「ドアが開かない」という女の甲高い声だった。女っつうのはどうしてこうも喧しいんだ。
室内は一気に騒がしくなった。数人は俺の隣を走り抜け階下へと向かったが、意外とほとんどの人間はその場にとどまった。俺は押し出されて階段を転げ落ちる心配をしていたのでこれには助かった。踊場を見る。Oはいない。オッサンの肩越しに、爪先立ちになりながら一階を覗き見る。通路の幅は広くないが、やはり壁際からではパーティーフロアの中央を見ることはできない。辛うじて見えたのはFが寝ているソファだが、そこにOも座っている。奴もFが持っている無線機のことを思い出したのだろう。だけど、妙だ、OもFもうなだれて、
「こんにちは、D」
耳元で声。俺は反射的に右手で裏拳を、というより虫を払う程度のものを、繰り出してしまった。いつの間にやら階段を登って俺の真横に立っていたそいつは、通信端末を握ったままの俺の右手を受け止めて、まぶたを動かさずに笑う。
「すまないね。FとOは、騒ごうとしたから、眠らせてしまったよ。ひょっとしたら起きないかもしれないけど」
黒い唇が耳元で動く。潜めた声は男にしては高く、女にしては低い。気味の悪い奴だ。階下で「セキュリティシステムの誤作動です、少々お待ちください」とおっさんが繰り返し叫んでいる。誤作動な訳がねぇ。俺はなるべくそいつを見ないように俯いた。情けないがこういう時は、余計な情報をシャットアウトしてしまうのが賢明なのだと俺は知っている。
「あたしの目的は、君たちとは違うんだ。でもね、君の、雇い主には、あまり嬉しくないことだろうから」
邪魔を、されるのは好きではないんだ。
手袋ごしに掴まれた右手に汗がにじんで、端末がずるりと指の隙間から抜けていった。床に落ちる前にそいつが空いた手でキャッチする。視線を少しあげると目の前のオッサンが引きつった顔で俺たちを見ていた。見るな死ね。睨みつけてから、また靴を見る。
「…でも、きみは、雇い主より自分が大事だろう?」
「当たり前だろクソッタレ、邪魔しねーから帰らせろ」
即答すると黒い唇から息が漏れた。笑っているのだろう、目元を動かさずに。バケモノじみた目つきしやがって。そいつは、ぐっと俺の手首を強く握り、「待て」と一言呟いた。右手が解放されて、そいつがくつくつ笑いながら階段を降りていっても、俺はそこから動かなかった。バカにしやがって。気味の悪いオカマ野郎。ムカッ腹が立つが下手に動くわけにもいかない、俺はあんな気色悪い奴に殺されるのはごめんだ。早く、早く許可の号令が降りろ。真っ先に外に飛び出してやる。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






エルミはほとんど走るように進む。シルヴィオはその小さな頭に傘を差し出しながら早歩きをする。彼女はヒールのまま水溜まりに足をつっこむので、転びやしないかとひやひやする。体も弱いと聞いているし、せめて傘をさしてほしいのだが、そんなもの邪魔よと突っぱねられてしまった。ハラハラするけれど、初めて会った頃より、彼女はずいぶんとしっかりとした足取りで歩くので、ああ成長したんだなぁとしみじみ…離れて暮らす妹を見守る兄のような気持ちになる。というのは言い過ぎだが。


車内はほぼ無言だった。彼女が自分のことをちょっと嫌っていたのを、シルヴィオはしっている。今は嫌われてはいないようだが好かれてもいない。好意を持った相手には幼い振る舞いをする彼女だが、シルヴィオに対しては背伸びした大人っぽい対応をしようとする。彼女を子供扱いしてしまうのがその原因であると分かっているけれど、自分の身長から見下ろす彼女はまだ、少女にしか見えないのだから仕方がない。
「……さいきん、」
「……なに?」
最近、彼氏が、できたんだって?それは彼女の「元彼女」から聞いている。そしてそれはもはや最近の話ではない、のだけれど、話の切り口としては最近、が良いような気がした。気がしたけれど、「元彼女」の「元婚約者」でしかない自分がそれを知っているというのを、彼女はたぶん分かっているけれど、けれど、話題にされるのを快く思わない、ような気がして、シルヴィオは「ううん、なんでも」と話題を切った。エルミはちらりとシルヴィオを見上げて、ちょっと、唇を歪ませてまた前を向いた。
車は目的地から2ブロックほど離れた路地に止まった。運転手を車内に待機させ、二人は会場の裏口を目指す。やたらに大きな屋敷が連なった住宅街には、雨の音が静かに響いていた。

ぱしゃ、と水を跳ね上げて、エルミは急に立ち止まる。傘を前に突き出しながら歩いていたせいで背中がぐっしょり濡れたシルヴィオも並んで立ち止まった。会場は一軒挟んだ向こうに見えている。豪邸というには小さい。塀に囲まれた庭や玄関の様子は伺えないが、一般の参加者はこの雨のなかにわざわざ出てきたりはしないだろう。塀をくり抜いたように作られている質素な通用門も閉じたまま。人気はなさそうだが、エルミが険しい顔でそちらを睨むので、シルヴィオも少し身構える。
彼女に聞こえる音は自分には聞こえない。とは言ってもそう極端な差ではなく、単に彼女の方が少し聴覚と勘が鋭いという程度である。それは、べつに、今までの交流のなかで役に立った事はない、そういう位のものである。
立ち止まったまま、エルミがシルヴィオに傘を押し戻した時、通用門が勢い良く開かれた。スーツ姿の男が一人、のっそりと塀の中から現れる。姿勢が悪く、先程自分が乱暴にあけたものだから跳ね返ってきた門を煩わしそうに蹴りつける姿はとても上品とは言えない。
「あいつ」
「…知り合い?」
「ド腐れインポ野郎」
シルヴィオがギョッとしてエルミを見下ろすと、そこに彼女はいなかった。似合わない言葉をぺろりと吐くと同時に彼女は走り出していた。パシ、パシ、と水面をヒールがたたく音が間隔をあけずに道路に響く。男がこちらを向く。シルヴィオは傘を放り出して追いかける。アスファルトにヒールをぶつけているはずなのに水音以外足音がしないのはすごいなぁ、どうやっているんだろうと考える暇はない。彼女がポケットに手を伸ばすと、男も胸元に腕をやった。ポケットから取り出した銀色の塊を彼女が振るとバチンという音とともに刃先が飛び出した。ナイフを腹の横に構え、彼女は、男が胸元から手を引き出す前にすくい上げるようにその腕に斬りつける。
「っでぇ!!」
「死ね!!」
咄嗟に身を捻ったものの、男の腕からはぱっと血が舞った。エルミがまたもや物騒な言葉を吐いて再び斬りかかろうとする。男の手に握られていたのは拳銃ではなく二股に分かれたアイスピックのようなものだ。男は傷付いた右手から左手に獲物を持ち替え、エルミの二撃目を大きな所作でかわし、突き出されたナイフを上から叩き落とそうと、もしくは彼女の腕そのものを狙ったのか、獲物を振り下ろす。
「ぎえっ」
その男の腕をシルヴィオの拳が弾いた。ごき、と軟骨が歪む音が腕を伝わり、シルヴィオの背中に鳥肌が立つ。獲物を取り落とした男は、肘がおかしくなったらしい左腕を庇うように身体を折った。エルミがその鼻先にナイフを突き出したので、男はげっと呻いてバランスを崩し、尻から地面に倒れた。左目に疵痕があるが、シルヴィオはその顔をしらない。
「何してくれたのよ、このゴミクソ」
(僕に言わなくなっただけで、まだ健在だったんだなぁ)
「テメーこの、クソ女、何だってんだよ殺すぞ」
対峙した二人は互いに鼻に皺を寄せて罵りあう。どうやらこの男が、バーブラの言う「面倒な方」らしいけれど、男の方はどうにも事態が飲み込めていないようにも見える。シルヴィオは男が落としたアイスピックを道路の端に蹴り飛ばす。男がオイと怒鳴るのと、エルミの携帯が鳴り始めるのは同時だった。
「バーブラ」
エルミはシルヴィオにそう告げ、自分が握りしめていたナイフを渡してきた。えっと漏らしながらそれを受け取る、が、持ち手が小さすぎてシルヴィオの手には納まらない。彼女が電話をはじめても、男は逃げるそぶりを見せず、水たまりの中に尻を据えていた。右腕から滴る雨水は赤い。今更どなたですかとも言えないので、シルヴィオは無言のままで男と、通用門と、道路に視線をうろうろさせる。彼女が繰り返しよかった、と応えているので、どうやら深刻な事態は避けられたようだ。しばらくして電話を切ると、彼女は、珍しく安堵の笑顔を見せた。シルヴィオはそんな顔を横顔でしか見たことが無かったので思わず自分も笑ってしまった。にこにこと上機嫌な彼女はやはり幼く見える。
「二人と連絡ついたって。もう玄関の方から出たみたい」
「無事だって?」
「うん、通信妨害とドアの閉鎖だけで、他はなにもなかったって」
「そうか、良かったね」
「オイ、よかねぇよクソッタレ共。なんで俺はこんな目に遭ってんだよ」
「たぶん、別の参加者が目的で、一時的に隔離状態が作られたんだろうって。ターゲットも首謀者も、まだ分かんないけど、マリオが、このゴミ虫が脅されてるの見てたっていうから、コイツ巻き込まれただけっぽい、ダサ、ダッサ」
「オイ、オイ質問に答えろブス、耳も死んだか」
「女性にその言葉遣いはどうかと思うよ」
「いいよ、雑魚だもん、人が来る前に私たちも戻ろう」
「ふざけんなガキ犯して捨てるぞ」
「それ以上言うなら僕はきみをまた殴らなきゃいけないと思うんだ」
「クッソバーカ誰だよデカブツ」
「エルミちゃ…さん、寒くないかい?ごめん、傘の意味がなくなっちゃった」
「アンタんとこのお風呂貸して。おなかすいた」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




ひどい有様だった。とうとうコイツ死ぬのかと頭の奥が連呼していた。レオナルドを呼び出した本人はいつもと変わらない死んだような目で、一言だけ、くすり、と言った。


「わかったのかよ、解毒剤とやらは」
「成分的にはな」
その男は医者だという。どう見ても白衣を着たチンピラにしか見えないが、注射器の扱いや脈の取り方はさまになっていた。口の軽い医者は暇つぶしの相手としてはそこそこで、元軍医であるとか、顔の傷は仲間が手榴弾を投げ損ねたせいでついたとか、下らない話をだらだらとこぼした。医者が薬箱を物色するのを眺めていると、隣から露骨なため息が投げられる。
「なんだよ」
「あの薬売り、すばしっこくて捕まえるのに手間取ったよ」
「そらご苦労なこって」
「得意先も色々だったようでね、少し手荒なこともしたんだ」
「つってもチンピラだろ。薬もケチなもんだ」
「そうだよ、だからあたしはこの仕事を請けた、けどね」
「ケツの穴みてぇな顔しやがって」
「……きみを喜ばせると思うと、釈然としないよ、レオナルド」
ラドロの踵がレオナルドのつま先を踏んだ。レオナルドは口汚く悪態をつき、踏まれた足で隣の腰を蹴りにかかる。ラドロはそれをひょいとかわし、ほら、とベッドの上を指差す。
「ちゃんと見ててやらないと、この注射で死んでしまうかもしれないよ」
医者が注射器をかまえた。レオナルドの悪態はとまらない。


ひどい有様だった。ケツが切れるような事は今までにも何度かあったし、ラリって泡を吹いたこともあった。大抵のことはアビー自身がすすんで、もしくは寛容に受け入れて行ったことの結果だった。利益になればアビーは誰とでも寝たしなんでもやった。それを楽しんでいたから、レオナルドはやめろとは言わなかった。ただ、そういう関係になってからは、アビーやバドが痛めつけられた時には側にいてやるようにしていた、一応。一昨日前の夜も、バドからの電話を受けて、レオナルドはここまで来た。
アビーは半分目を開けたままぐったりと横たわっていた。何度か顔を合わせたことのある奴らが医者と怒鳴りあいながら忙しなく動いていた。胸がちいとも上下せず、顔はもう真っ白だったので、コイツはもう死んだのだと思った。実際には生きていたわけだが、その時すでに呼吸が止まっていたので、今は気管に入れられたホースが、アビーのかわりに呼吸をしている。
「媚薬とか、そういう類のもんだろうが、量が多すぎて神経がやられちまったんだ」
アビーは常習しすぎて薬が効きづらい、ので、そういう趣味を持つオヤジたちは薬の知識もないのに過剰量をぶち込みやがる。神経興奮薬には過剰投与で心臓や呼吸を止めてしまうものがある。アビーは、どうやらコトが終わったころに呼吸困難に陥ったらしく、バドが抱え込んできたときには意識がなかった、と、医者は言う。
助かるのか、と問えば、医者はさぁなと肩をすくめた。
「薬が抜ければ回復するかもしれないが、代謝されるかわかんねぇし、頭以外もダメージくらってるみてぇだから、早めに解毒剤を入れた方がいいだろうな」
「じゃあさっさとぶち込めやウスノロ」
「苛々すんなよ。薬がわかんねーのに下手に入れると、トドメをさしかねないんだよ」
悪態をつく。バドがデカい図体を折り曲げてアビーの顔をのぞきこみ、くすり、と呟いた。上着のポケットからラベルのない小瓶を取り出す。透明の液体がわずかに残るそれは、よく見るものだ。無認可の、個人が売買する調合薬である。成分を知るには、製作者を特定するのが手っ取り早い。
その「人探し」を請け負ったのが、まさかこの男だか女だかわからない生物だったとは。レオナルドには、考えている余裕もなかった。


医者がベッドの上に落ちている棒きれのような腕を拾い、その指先を握った。蝋のような色をしていたその指に、うっすら赤みが戻っている。レオナルドはベッドのそばに歩み寄る。
「体温が戻った」
「良くなってんのか?」
「そうかもな。昨日はこのまま低体温で死ぬかと思ったが」
「ぜってーヤブか詐欺師かキチガイだと思ってたが、一応まともに医者だったんだな」
「ヤブは正解だ」
ヤブに看取られるのは、さすがに哀れだった。嘲笑をもらし、藤色の髪をやわらかく梳く。口にホースを突っ込まれたまま、アビーはまだ目を覚まさない。額に触れるとわずかだが温かく感じ、ずっと拭えなかった死のイメージが薄らいでいく。
「俺のプッシー」
背後から聞こえた「聞いててはずかしい」という一言は無視した。ひどい有様だ。鼻にも口にも腕にも管が繋がって、生きてるのかどうかもよくわからない、ひどい奴に情を移したものだと思う。医者がレオナルドの顔をみて笑った。薬箱を閉めて、立ち上がる。
「…俺は飯にする、あんたらは」
「俺も腹が減った、クソ以外なら喰えそうだ」
「あたしはもう済ませたし、きみといると食欲が失せるから、やめておこうかな」
「後半はいらねーんだよネチネチとナメクジみてーに絡みやがってつーか飯なんか食ってねーでさっさと報告にきやがれ」
「うるさいね、早く食べないと夕食の時間になるよ」
ピザでもとるか、と呟いて、医者は部屋を出た。別れの挨拶もせずに、ラドロも用済みの場所から立ち去る。レオナルドはその場にしゃがみこんで、もう一度アビーの髪を撫でた。さっきまで脱力しきっていた瞼がぴくりと震えるのをみて、小さく声を出して笑う。部屋で猫の相手をさせているバドを呼び出してやらなければならない。あいつもきっと腹を減らしている。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




ビルゴ・カートン、という名前をきいて、思い浮かぶのは息子より父親のほうだ。父と先代ビルゴ・カートンは親しくはなかったが、年に数回は互いに挨拶に出向いていたように思う。私が初めて父とともに彼の元を訪れたのは、目の前でそわつくこの息子が生まれた時だった。
「ワインは?」
「…何でもいい」
「ジュースにしておくか?」
「…飲める」
「そうか」
個室にするとかえって緊張させるだろうと思い、簡単に仕切られたボックスシートを予約した。彼は普段通りの格好で店に現れたので、これは正解だったと言える。オープンシートでは人目をひいたはずだ。堅苦しい話をするつもりはなかった。注文も彼の好みに会わて都度オーダーするように、しようと、思っていたが、ビルゴ・カートンが発するのはほとんどが「何でもいい」だった。好き嫌いがないのではなく、それを私に逐一伝えるのが面倒なのだろう。
父親のほうは、面倒事を楽しむような人だった。単なる印象にすぎないが。18で父が死んだとき、彼は息子を伴い葬儀にやってきた。息子はまだ幼く、父親の後ろに隠れるようにして立ち、ほとんど口をきかなかった。引っ込み思案で、臆病そうで、しかし憔悴した私に、大丈夫かと小さな声でたずねる優しい少年だった。
「こちらの、バーブラ・ケルビをご存知かな」
「…シルヴィオの、連れだろ」
「そう、あの二人はよく、私たちを通さず勝手に仕事の話をするだろう」
「…べつに、いいんじゃねぇか。手間が省けて…」
「私も同感だ。もし問題があればと思ったが、ないのなら、あのまま続けてもらう。…トマトは嫌いか?」
「…食える」
「そうか」
私が父の跡を継ぎ、組織のトップとなったときも、ビルゴ・カートンは挨拶に来た。私が挨拶まわりを終えたあと、わざわざ改めて出向いてきたのだ。彼は私の祖父にちょっとした恩があると言い、頼る人がいない私に頼るべき人を教えてくれた。帰り際に一度だけ、私のことを「お嬢ちゃん」と呼んだので、私は驚愕したものだ。
「エリゼが犬の散歩中、よく会うと言っていた」
「…べつに待ち伏せてるワケじゃねぇからな…」
「犬が好きなら、譲るが」
「…いらねぇ、死んじまうから」
「そうだな、生きていれば必ず死ぬ。…キノコは」
「…コレは食える」
「そうか」
一度逃げ出した私が出戻り、今の組織を作り上げたときも、彼はまだ矍鑠としていた。挨拶に出向くと、「良いタイミングだ」と笑った。その頃、息子はそれなりに大きくなっていたはずだが、私がその姿を見ることはなかった。息子はおそらく私のことなど覚えていないだろう。このビルゴ・カートンは。あの当時私は、男として生きていたから。
ビルゴ・カートンは、背中を丸めて座る。ふんぞり返るのがよく似合った父親とは対照的だ。遊ぶようにナイフとフォークを皿の上で彷徨わせながら、ちらちらとこちらを伺う姿は、六歳のちいさな彼を思い出させる。父親と正反対の息子。強く、聡く、無慈悲で、人の心を掌握する術に長けた父親と、縮こまり今にも逃げ出しそうな息子。
私が同盟相手に選んだのは、この息子である。
「正規の仕事については、人材は足りているんだが。最近ややこしいことが多いだろう」
「その辺のリーマン、撃ち合わすわけにゃいかねぇしな」
「今日のような事があると、対応できる人員は限られてくる。だから、感謝しているんだ、今日も」
「俺は、なんもしてねぇ、から、本人に言えよ、礼は」
「それはもちろんだが、同盟を結んだのは、私とあなただろう、ビルゴ・カートン。…貝は」 
「…コレは、好きじゃ、ねぇ」
「そうか、申し訳なかったな。無理して食べなくても良い」
先代が亡くなったとき、私は葬儀に参列した。あまりに多くの人がその死を悼んだ。息子は、その大勢のうちの一人である私を、やはり覚えてはいないだろう。私が彼に教えられることは何もなかった。あのころの私は今の彼とよく似ていた。裏切られ、失い、そして憎み、金の工面と組織の存続に必死になって、ようやく見えた安定にしがみつき、幼い彼が向けてくれたたった一言を返すこともできなかった。だから、というわけでは、ないが。
「ビルゴ・カートン」
「…魚は食える」
「そうか。女性はまだ嫌いか?」
「は……う、るせぇのは、嫌いだ」
「そうか。最近、年のせいか私も口うるさくなった」
「そういうんじゃ、ねーし、べつに、おま、あな、た、は、うるさか、ねぇ…」
「それなら良かった。少し変わったな、ビルゴ・カートン」
「なにがだよ…」
彼は怪訝そうに目を細める。口布を緩めはするが決して外そうとしないのは、見られたくないものがそこにあるからなのだろう。それならば食事の誘いなど断ればいい。器用に口元を隠しながら食事をするよりは楽なはずだ。同盟を結んだ頃の彼ならおそらくそうしていた。仕事の話でもない、プライベートな夕食など、彼にとってなんの意味もない。それも、女と。
ワインボトルを引き抜き、空になっていた彼のグラスに注ぐ。彼が酒好きかどうか分からないので、少量ずつ。好きなのか、それとも妙なところで律儀なのか、彼は注がれるだけ飲んだ。自分のグラスにも足そうとすると、彼が腕を伸ばしてくる。意外なことだ。ボトルを渡すと、不慣れなのだろう、カチカチとグラスにぶつけながら酒を注ぐ。
「…ありがとう」
「…おま、あん、あなた、も、変わったんじゃねぇか」
「そうかな?」
「もっと、ツンケンしてた、だろ」
ツンケン。子供のような言葉遣いだ。思わず鼻で笑うと彼は驚いたような顔をした。たしかに私はツンケンしている。特に彼の前ではそうだったかもしれない。不機嫌な顔とことばが癖になってしまっているから、悪気があるのかないのか反射的に無礼で乱暴な言動を見せるこのビルゴ・カートンの前では不機嫌に拍車がかかったように、見えただろう。私は家族を守るために不機嫌であらねばならないから。
彼の前で笑ったのは、ひょっとしてこれが初めてだろうか。
「…そうかな」
「……しらねぇ、けど…」
どことなく気まずそうに目をそらし、彼は皿の上に残ったオリーブにフォークを突き立てた。オリーブはつるりとその切っ先を逃れ、跳躍する。皿にフォークがぶつかりがちんと音が立った。彼が目を見開き、手を差し出すが間に合わず、オリーブはワイングラスにぽちゃりと落ちる。私のワイングラスに。
彼が私をみた。なんだか訳が分からないという顔だったので、私は堪えきれずにくつくつと笑った。私が同盟相手に選んだのは、この、オリーブを操る息子である。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






ボスを迎えに行くまでお酒はおあずけ。でもそれはジョーさんだけの話だったので、私とシルヴィオはチーズをつまみながらあーだこーだと酒の飲み比べをしていた。あの悔しそうな顔。一ヶ月はあの顔で笑える気がするってくらい、ジョーさんは水を飲みながら顔を歪めていた。私たちはゲラゲラ笑う。そんな顔しなくてもまだまだあるよと私が言うと、彼はそういうことちゃうねんなんで待ってくれへんのてゆーか別にちょっとくらい飲んでもボク平気なんやけどとぶうたれた。ただのいやがらせだよ。

今日は残念だった。私はしようがないと分かっていても、やっぱりしょぼくれた。だって、そりゃ、二人で出かけることは少なくないけれど、昨日のように「じゃあ楽しみだねおやすみ」って眠って今日のように「さぁ楽しみだねおはよう」って起きれる日はそんなに無い。だから今日は内心天気を恨んだものだし、なんとなく早めに起きてしまった私に起こされるまでぐうすか寝ていたジョーさんにもちょっとムカついたりした。良い歳してばかみたいだけれど。
そんな今日も、こうやってお酒を飲んで笑っていると、そういえば悪くなかったなぁと思うようになるのである。うちにはお金がありません、というのを確認したあと、私とジョーさん、バーブラさんと、帰ってきたエルミちゃんとシルヴィオ、で昼食を食べに出かけた。エリゼちゃんとマリオさんは報告があるとかでこれなくて残念。その帰り道、バーブラさんが経費で買ったのがこの色とりどりのボトルと各種チーズの詰め合わせ。失礼ですけどお礼として、正式なものは改めて、と彼女は言ったけれど、もうこれで十二分、最高、文句なし、なわけ。
午後からは手持ち無沙汰だったので結局仕事をした。開店前にカジノの壊れたスツールを修理して、清廉潔白な方の帳簿に書き足して、おやつ時にようやく起きてきたボスにちょっとだけパスタを食べさせて。ボスが食べている間ずっとジョーさんは失礼なことは絶対すんなや!フォーク噛むんやないぞ!できるだけ残さんと食えよ!と色々なことを熱心に伝えていた。きっとボスは三割も聞いていないだろうなと思うのだけれど、めんどくさそうな顔をしながらも一々頷いていたので、一応まじめに聞いていたのかもしれない。
ボスは食べ終えてから、私に「夕食にそなえておやつはなしだよ」と言われてぶぅ垂れて、それから「今日は出かけるんじゃなかったのかよ」と低く呟いた。それをジョーさんに聞かずに私に聞くのは、仕事のせいでキャンセルになったのかと彼に直接聞くのが嫌だったからなんだろう。別に今日の仕事も、雨も、ボスのせいなんかじゃないのに。私はキャンディ一つと「延期になったの」雨だから、という答えを渡した。
夕方にはボスをレストランに送って行って(ジョーさんが)、もともとお休みのつもりだったのでそう切迫した処理もない私はこの時点でワインを開けた。二杯ほどすすめたところでシルヴィオを巻き込んで、ジョーさんが戻ってくるころにはワイン一本が空になりかけていた。戻ってきたジョーさんは浮気現場をみたような顔をして。ああ、おかしい。私とシルヴィオがお腹を抱えて笑うので、少し早めにジョーさんはまた出かけていった。ボスが戻ってくればみんなでワインが飲めるのだ。


「ただいまぁ」
「あ、おかえり、ほら、ほらほら」
「うわ、なに、待ってや、待ち、イコさんめっちゃ飲んでるやん」
「ごめん、止めても聞かなくて」
談話室にはいってきたジョーさんにワイングラスを投げつけた。彼はあわててそれをキャッチして、テーブルの側に歩いてくると、ワインを注ぐかと思いきやグラスをテーブルに置いた。たしかに私は酔っている。ワインは三本目に突入した。シルヴィオはそんなにガポガポいくほうではないので、私ばかりが手酌で、チーズも太れ脇腹とばかりに口に放り込んだ。顔の上半分だけががーっと熱くなって、口角が自然と上がるくらいになると、なんだか朝のもやもやが馬鹿らしくなってくる。
「イコさん、ちょっと酔い覚まそうや。立てる?」
「立てるよぉ」
「立ててないでぇ」
ソファの肘掛けに腕をついて、よっこいせと膝をのばした、つもりがへろへろと前に倒れていく。ジョーさんは笑いながら私の身体を背中から抱いた。談話室の入り口に立っていたらしいボスが「大丈夫なのか」と唸るようにこぼした。だいじょーぶ、だいじょーぶです。意識はあります。ジョーさんの腕につかまりながら立ち上がって、なんだか、身体が老いたなぁとしみじみ感じてしまう。ジョーさんの腕はまだまだこんなに逞しいのに、私の二の腕はどうも年々触り心地が良くなっている。彼がその柔らかくなった二の腕を引っ張りあげるようにして、私をどこかへ連れて行く。
「シルヴィオ、スマンけど別の奴らと飲んどってくれ」
「え、うん、部屋に運ぶなら手伝おうか?」
運ぶとは失礼な、送るといいなさいよ。
「いや、ちょっと酔い覚ましいってくる」
引きずられながら廊下に出て、たった一階降りるためにエレベーターを待つ。談話室にはクーラーがきいていたけれど廊下は少し蒸し暑い。ジョーさんは、朝私が渡した黄緑色のシャツに汗のシミをつくっている。夏がくるのだと思うのはこういう時だ。私が見上げるので、気付いた彼は私を見下ろして、「薬飲めんくなってしまうで」と目を細めた。薬。彼も私も持ち歩いている。急にぐずり出す私のボロっちい内臓をあやすための薬。いつも適当な顔をしている彼の、こういう、妙に優しい声が実際のところ大好きである。
「じゃあ飲むなってか?」
「いや、飲めんと寂しいけどね」
「そうでしょ」
ぽーん、とエレベーターの到着を告げる電子音。古い機械の箱はガタガタと突っかかりながら扉を開いた。のたのた歩くと足がもつれて、ろくに進めないまま私はガツガツと腰を扉に挟まれる。ジョーさんは吹き出して、開くボタンを連打する。長押ししてよ。引っ張りこまれて、ようやく箱は扉を閉じる。空気が止まった空間は廊下よりずっと蒸し暑い。ジョーさんの汗の臭いがする。ほんの10秒ほど、ワイヤーに吊られて下降した箱は、すぐにその扉を開いた。
「海はちょっと遠いけど」
エレベーターを降りて、ジョーさんは私を食堂のスツールに座らせた。少し動いたらアルコールが脳みそだけじゃなくて喉にまで降りてきた感じがする。吐きそうな感じではないけど、息苦しい。かわりに思考は若干クリア。手渡されたボトル入りの水は冷たくて、私は封を開けずにそれを頬に押し当てる。痛いくらい。こんなので目が覚めていくんだから、人体というのも相当に適当だ。
「海?」
「行く予定やったやん。今からやと海は遠いけど、あそこ、あるやん、住宅街の公園」
「うん、うん?公園?あの、山の上みたいなところ」
「そう、ちょっと高くなってる、あそこ夜景綺麗らしいで」
「じゃあ今度いこっかぁ・・・」
「今から行こや」
「あ」
私の頬からボトルを取り上げて、ジョーさんがその蓋を捻る。かきゅ、と音がして、炭酸が泡になって軽い音を立てた。そのまま私に渡してくるので、しょうがなく口をつける。私の舌はワインの余韻に浸っていたがってたのに。
喉でぱらぱら、泡沫がはじけた。それを痛いと思わなくなったのはいつごろだろう。昔は炭酸を飲むと舌も喉も痛くて、でもそんなことは今どうでもよくて。ジョーさんを見上げる。私より年下のはずのジョーさんは、影のつきかたによっては15歳位老けて見える。今はそんな感じ。
「今から」
「うん。迎えに行ったくらいから、雨止んどったし」
「雨」
「うん」
そういえば、すべての元凶。もう一度あめ、とくちに出すと、彼もうん、と頷いた。頷いて、私のちょっと汗ばんだ前髪を指でかき分ける。丸見えになった額に、背中を丸めて、すこし屈んで、ジョーさんが顔を近づけるので、なんだこりゃハッピーでラブリーでハートフルな映画みたいだなと思ってるうちに唇があたる。「ごめんな」と言った。ちゅ、と音を立ててから、「今日、行けんくて、ごめんな」

そんなの、ずるい。私は彼の顔を両手で捕まえる。スツールから立ち上がって、頭突きの勢いで彼に接近して、分かってましたって感じで私の頬に手を添えた彼の口元に噛み付いて、口の中でもごもごとごめんねと言った。平気な顔して協力的なふりして10代のクソガキみたいに落ち込んでたの、を、気取らせてしまって、とか、あなたもきっと多分おそらくすごく残念だったろうに一人だけ私だけばかみたいって拗ねちゃって、とか、とにかくあなたより歳上なのにこういう事になるとまるで聞き分けのないクソガキ(二回目。でもどうしようもないの、クソガキだから)みたいになっちゃって、とかそういうのに、ごめんねと言った。
背中に回る腕は優しい。ぎゅうとされて私もジョーさんの首に手を回す。私の身体はきっと不愉快なくらいに熱を持っているだろうけど、彼はぎゅうとし続けてくれる。食堂は熱い。夏がくるんだ。
















姉誕生日おめでとーーーー(6月18日)
書き始めたのはたしか誕生日ちょっとすぎたくらいだったんだけど気付いたら冬になってましたゴメンネ
愛してるよぉ~今度会えるのが嬉しい





ややこしくなったけど
エリゼマリオ→誕生日会 「面倒な方」はでぃじのこと
でぃじ→ターゲット(政治家)監視
ラドロさん→でぃじを雇ってるファミリーの取引相手である薬売り(逃げ足が早い)の捕獲
を目的にうろうろしてるよぉ。辻褄があわなくてもきにしないでおくれよぉ。

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HN:
某妹
誕生日:
11/16
自己紹介:
未来からきた世界のゴミ。
胸を張って手を振るぜ。うまれてきてごめんね!
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