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・コウタと
・ばかとまゆこ
・和也とまさおさん

の短文三本です。コウタと は実は間違って「コウジと」という題名にしていました。
ばかとまゆこが一番気に入らないです。眠かったのかな。和也とまさおさんは続編とか書いてみたいです。どうでもいいですね。

同性愛、流血表現があります。









コウタと



テレビで見たんだ。
ものすごく強く叩くんだ、鍵盤を。折れてるんだろってくらいに叩くんだ。すごく獰猛で野蛮な指なのに、すごく整った音がするんだ。すげぇなぁってちょっとつぶやいて、俺はコウタを見た。コウタは携帯を覗き込んでカチカチ何か音をさせていた。画面に視線をもどして、強すぎる光に目をしばしばさせながら、俺はもっかいつぶやいた。すげぇなぁって。体全体を躍らせて、指なんか絡まりそうで、きっとこいつは格ゲーが強いんだろうなとか思ってたんだ。その日は自分が、ああやって、獣みたいに鍵盤を叩く想像をして眠った。運指なんてわからないから適当に、猫を真似た手で駄々る。そして喝采。コウタが見直したぜ!って叫んで俺の肩を叩く。俺はテレビ画面の中で満足げに微笑む。



「コウタ」
「ダイキ、だめだよ、もうだめだよ」
ぱちぱちと、壊れたテレビから火花が散った。地デジ対応アンテナとやらをコウタが買ってきた日からまだ十日と立っていなかった。かわいそうなテレビは画面がただの穴ぼこになってしまって、暗い影だけを落としていた。コウタはブラウン管テレビの下で泣いていた。
「アンナが死んじゃったよ」
アンナというのはコウタの恋人だった。一緒にここまで逃げてきたけれど、別の男をみつけてこの部屋から出て行った女だった。俺はふぅん、と答えたけど、コウタはあのあばずれを想って泣いているらしかった。いや、違うのかもしれない。単に怪我が痛むのかも。
「とりあえずコレどかすからさぁ、立てよ」
言いながらテレビに手をかけた。側面までひび割れていた。取っ手として彫られているはずのくぼみを探して手のひらをうろうろさせると、ぬるっとしたものを指がこすった。ウッと声をあげて身を起こす。コウタがよくこのテレビの前で自慰してたことを思い出す。ウッ。手を持ち上げて臭いを嗅ぐと、ちょっと生臭い感じがした。
「なにこれ」
「なんだよ」
「なんかヌルヌルすんだよ」
「あぁ~……」
コウタがまた泣いた。涙のすじが、真っ赤なコウタの顔面に数本ずつの肌色を留めていた。もともと少し低くて広がってた鼻が、今じゃ破裂したいちごのようになっている。ひどく殴られたのか、蹴られたのか踏まれたのか、鼻以外はそれなりに女好きした顔が全体的に腫れ上がって、どっかのパンヒーローみたいになっていた。かわいそうだ。血がワックスがわりになって、逆立ったコウタの前髪をピンピンにしてくれている。
「もう死ぬよ」
泣き声の合間にそんな言葉が数度飛び出た。俺はこのヌルヌルの正体を知りたくて黙っていた。パッとまた火花が散り、俺の指先が赤くうつった。最悪の事態は避けられたけど、ザーメンの次くらいに最悪だ。もう死ぬよ。コウタが言った。俺もそうだろうなと思った。よく目を凝らすとコウタの胴体がほとんどない事に気がついただろう。いや、違う、胴体はあるんだ。厚みがなくって、きっと、ちょっと、ペーストされちゃってんだろうな。コウタが泣いた。
「もう死ぬよ」
「ちょっと待とうよコウタ」
「待てないよ死ぬよ」
「ちょっと待てって」
「ダイキ、お前はさ、いいよな」
何がだよって言う前に足が出た。ゴンと間抜けな音を立ててテレビがちょっと揺れた。コウタは派手に悲鳴をあげてから一層激しく泣いた。あにすんだよ、と三度くらい繰り返していたので、俺もごめんと三回くらい繰り返した。コウタはずっとずっと携帯と仲良ししていた指で床を引っ掻く。
「ダイキたのむよ」
「なんだよ」
「あれがさ、あれがきたらさ」
「あれってなんだよ」
「あれ……」
ピカッと最後の火花が。むき出しのケーブルがそうっと優しくコウタの胸に乗っかった。コウタは急に虚ろな表情になって、ゆうっくりと両腕を上げた。コウタの指、長くて細い指。この指がずっと好きだった。コウタが携帯にいろいろなことを打ち込むたびに俺の心は踊ったんだ。そんなこと知らずにコウタはふらふらと指を動かした。俺の手を握りたいのかな?と思ったけれどそんな気色悪いことはごめんだった。それに指の動きは不規則で、全部の指がばらばらで、しばらくのあいだ不思議な暗号を見ている気持ちでそれを眺めていた。あっこれ、あっ、ああ、気付いて、俺は思わずテレビを掴んだ。そしてそのまま持ち上げる。すごいぜ、なんだか、ガム踏んだ気分になった。すごく吸い付いてたんだ、コウタの胴体に。
コウタはゲッ、と咳いて、そのままの顔で止まった。腫れたまぶたを押し上げる眼球が気持ち悪かった。死者への弔いはよく知らないけど、顔を隠すもんだと思ってテレビを顔の上に置いてやった。あんまりにも重いもんで早く手放したくて、ちょっと投げるようにしたら割れた画面が親指に引っかかった。テレビは重力で落ち、俺の指はバチンとゴムのように弾けた。がらくたまみれの床を探すのは面倒だから、俺の親指はこの部屋に眠らせておくことにする。
「お前も見てたんだなぁ」
ちゃんと見てたんだなぁ。お前の中で俺は、お前の肩を叩いたか?見直したぜって、言ってたか?愉快になって、そして嬉しくて、俺は鼻歌をうたった。コウタはちゃんと見てたんだなぁ、俺と一緒に、獣みたいに、あの音をじゃんじゃん鳴らしてたんだ。俺はもう指が足りないけど、コウタはちゃんと揃ってる。その細い、指。鍵盤を叩いて折れちまったら、俺の指を何本か、あげてもいいんだ。コウタは俺の中で喝采をあびる。俺はその隣で、俺の代わりに頼むぜって、コウタの肩を抱く。鼻歌にあわせて、コウタの演奏が聞こえてくる。






ばかとまゆこ


いいよあした晴れたらいこっか。



智也くんがそう言って参考書を閉じた。教室にはまだまばらに人が残っている。寒くなる前にピクニック行こう、なんてわがままで子供じみた提案をはねのけない智也くん。まゆこは智也くんのそういうところが好きだった。智也くんは、決して女子からもてはやされる人ではなかった。物静かで、すこし髪が長くて(そこだけは、時々鬱陶しく感じる。けれど前髪の隙間からのぞく智也くんの柔和な、まるでガラス越しのおひさまみたいな視線は大好きだ)、いつも似たような上着とズボンで授業を受ける。まゆこと智也くんはこの塾でしか会うことはなかったが、放課後から夜九時までのほんの短い時間をつみかさねて、まゆこはすっかり恋に落ちていた。
教卓では、若い講師が数人の生徒と談笑していた。講師はバイトの大学生で、髪を茶色に染めた男だった。顔はけっこうかわいくて、何人かの女子生徒がファンクラブをつくろうなんて馬鹿げたことを言っていた。たまに出る方言が人気に拍車をかけている。そんな気さくな人気講師を、まゆこはひっそり嫌っていた。まゆこは一度も講師に声をかけられたことはないし、まゆこの質問は露骨におざなりに答えたりした。でも慣れっこだった。まゆこはその講師を嫌うことにして、無駄に心を痛めたりはしなかった。智也くんはまゆこと普通に会話をしてくれるから、それだけで満足していた。
せんせぇ、と舌足らずに女子の一人が声を出した。まゆこは自分が冴えないことはわかっていたけど、そんな自分と比べても醜い生徒の一人だった。なんせ、太っている。肌はいつも脂でテカテカしているし、毛穴が目詰まりしているのか、ニキビとも違うぽつぽつが鼻の周辺に密集していた。頭の悪い集団はみんなスカートをたくし上げているが、その中でもずば抜けて脚が太く、不格好だ。恥ずかしくないんだろうか、とまゆこは思う。周りを見たりしないんだろうか。自分が醜いとわからないんだろうか。脚を出したいなら、どうしてもっと痩せないんだろうか。どうしてあの化物は友達がいて、私は嫌われてるんだろうか。
見た目はずっとマシなはずなのに。
それはきっと、奴らの頭が悪いからだろう。考えるのは飽きあきしていた。結局、脚を出すしか能のない女は、徒党を組みたがるし、奇声をあげたがるし、男に媚を売りたがる。馬鹿らしいと見下しながら、まゆこはそれが羨ましいとも思う。
「せんせい、夏休みにどっか連れて行ってくれるっていったじゃん」
そうだっけ、と講師。やだーひどーいと女子たちが騒いで、教室に甲高い声が響く。不愉快だ。まゆこは間違えた問題をやり直してから帰るようにしている。すごく、邪魔だ。講師ともども廊下に出て欲しい。
「あした、遊園地つれてってよぉ」「先生の車、のっけてよぉ」
甘ったるい声で語尾を伸ばす、この喋り方もまゆこは嫌いだ。それは美人か子供にだけ許された口調だ、と内心で舌打ちする。講師にたかるハエのような女子たちは、どう見たって美人とは思えない顔ばかりだった。まゆこはノートからそいつらにちらりと視線をおくる。口が異様に大きい女と目が合って、あわてて俯いた。どうして、自分が美人じゃないのに男に媚びれるんだろう。気付かないんだろうか。恥ずかしくないんだろうか。まゆこは繰り返す。恥ずかしくないの、あんたたちは。でもきっと恥なんて概念を持たないのだ、この頭の悪い集団は。
「あしたはねぇ、彼女とデートなんだ」
講師が笑いながら言った。また甲高いこえが上がった。まゆこは意識してそれを聞かないようにすると、ノートの上にばらまかれた証明をまとめにかかった。であるからして、などと堅苦しい言葉を使うのは、どこか滑稽で愉快だった。
まゆこがシャープペンシルの尻をノックして芯を出したとき、智也くんがカバンを持って立ち上がった。智也くんはおっとりとした声で、いこっか、とまゆこのほうに声をかけた。ちょっと待って、と返事をして、急いでシャープペンシルを筆箱にしまうのはまゆこではない。
「あした、どこに行こっか」
まゆこの前を智也くんが通り過ぎていく。嬉しそうに智也くんに寄り添うのは、まゆこの隣に座っている別の学校の女子生徒だ。顔は平凡で、ちょっとにきびのあとが目立つ。髪は癖があって、無頓着なのか短く切っていて、時々ものすごい方向に飛んでいる。そして平均より太っている。笑うと、二重あごになる。そんな子だ。
まゆこは智也くんとその子が並んで廊下に出るのを見送って、ふと、自分の腹を見た。普通のセーターを着ているだけ。モデルのように痩せてはいないが、ぽこりと膨れた部分もない。まゆこは自分の顔を思い出してみた。ちょっと鼻が大きくて、一重瞼で、まゆの手入れをちゃんとしていない。でもブサイクではないはずだ。肌も、きれいだ。なんでだろう。まゆこは思う。智也くんはまゆこを嫌っていなかった。まゆこがごめんね、と前置きして質問した時も、こんなの全然かまわないよ、と目を細めて言ってくれた。なんでだろう。太い足を晒してもいないし、不格好に跳ね回るくせっけを放置したりもしない。清潔に気をつけているし、わがままも言わないし、教室で騒ぎもしない。なんでだろう。
まゆこはノートの上でシャープペンシルの芯を、ぱきりと折った。その音がやけに響いたので顔を上げると、教室に人はもう残っていなかった。廊下からのっそりと歩いてきた講師はわかりやすく顔をしかめ、神経質そうにドアの側面を爪で叩いた。
「あのさぁ、早く帰ってくれる?」
面倒くさそうな声を聞いて、まゆこは胃の底の方がゴワゴワと膨れるのを感じた。無言でシャープペンシルを筆箱に放り込み、わざと音を立てるように鞄を机に載せる。お昼に食べた空の弁当箱がガシャンと批難の声をあげた。乱暴に筆箱とノートを鞄に放り込むと、ノートの表紙が大きく反れて、折れた。あっと思って取り出すと、厚紙の表紙に長い折り目がついている。胸全体がゴワゴワした。今度はゆっくりとノートをしまい、ドアの横でスマートフォンを弄っている講師を見ないようにして廊下に出た。まゆこが廊下に出るとすぐに、講師が教室の電気を消した。
まゆこは薄暗い廊下を通り、羽虫の死体が大量に落ちているロビーに向かった。羽虫は死体だけじゃなく、生きているやつもたくさん、ガラス戸にへばりついていた。まゆこはそれを手で払いのけながら、道路へ続く戸を押した。生ぬるく湿った風が、むっとした臭気を孕んでまゆこを包んだ。下水の臭いだ。駆け足にそこを離れて、駅へと続く人並みに紛れ込む。短いスカートが自分の前を歩いている。スマートフォンをいじりながら、迷惑そうに体を傾ける中年男の視線など全く気にしない風で。
雨が降れ。まゆこは願った。雨が降れ。雨が降ったらすこしくらい、自分も幸せになれる気がした。






和也とまさおさん


自分のフニャチンを揺すってみる。ふるふると揺れるそれは返事をしているように見えて、俺は妙な愛おしさを感じながら、パンツの中にチンコをしまった。俺の可愛い息子はむずがりもせずに布の下に収まる。和也が横目でこっちを見ているのに気付いて、フンと鼻をならしてわざとらしく顔を背けた。怒ってるよ和也。俺はお前に怒ってるんだよ。


和也はかわいい男だった。
顔が女みたいだとか、そういうわけではない。どちらかというと「こんな女いたらちょっと同情するわ」って感じの顔だった。やせぎすで頬骨が浮き出していたし、顎はひとより少し長かった。目は若干小さく、一重で、でも黒目が大きかった。笑うとすごく口がデカくなった。うえっかわの前歯を全部見せる笑い方をする。笑い声は、品が無い。
でもかわいかった。ゲイなんです、ってぽしょぽしょ言った時の和也は耳まで真っ赤になっていて、短い前髪がツンツンのまま張り付いてる額に汗のしずくを作っていた。その日は和也が計算をとちって、実験がパァになった日だった。研究室のやつらに肩をどつかれる和也を連れ出して、初めて入った店で飲んだ。ちょっと薄まった酒をごぼごぼ飲み込みながら、うなだれる和也の背中を叩いたりした。あんまりにも「申し訳ないです」と繰り返すので、俺はしてもいない失敗の話を二時間くらい語り続けたりもした。
「まさおさん、ほんと、おれ……」
「いいよ、いいよ。もっと飲めって」
「ほんと、まさおさんって、ほんとなんでですか」
「何がだよ。なにがほんとだよ」
「なんでこんな優しいんですか」
和也はかわいかった。ちょっぴり涙ぐんだりしていた。そりゃあ可愛い後輩のためじゃねぇか、と答えたけれど、実際のところ和也にムラムラしていたからだった。俺がゲイだっていうのは研究室の半分位が知っているけど、和也はまだ研究室に馴染めていないから知らないはずだった。別にこのまましっぽり、なんて気はなくて、単にちょっときになるあの子に恩でもうっとくかってことだった。
狭い居酒屋は案外繁盛しているようで、仕事を終えたスーツ姿たちが次々に席を埋めていった。俺と和也はカウンターの真ん中あたりに座っていたが、座卓が埋まったあたりでカウンターの一番端に移動した。壁と俺に挟まれた状態で、和也は少し気まずそうにしていた。おれはカラカラとグラスの中で氷を転がした。小便みたいな色をした液体が波をつくった。和也はそれをみながら、ほっ、と狭くあけた唇から息を漏らした。
「和也、なれたか?」
「え?」
和也は焼き鳥にのばしかけていた腕を止めて、細長い顔をこっちに向けた。酒が入って少し上気した頬は、まだらに赤くなっていた。こんなガリガリで、骨が見えちゃってんのに、ちゃんと血管は通ってるんだなぁ。俺はそんなことを考えた。それで、こんな薄っぺらいほっぺたの内側に、俺のちんちんつっこんでみてえなぁ、とも思った。透けるかな。透けるかもしれないな。
「研究室」
「あぁ~……」
「あぁってなんだよ」
困ったように眉を下げたまま笑う和也の肩をつついて、わざとらしくグラスを鳴らす。
和也ははじめっから、人見知りの雰囲気を醸し出していた。だから馴染めないんだ。研究室のメンツはみんな気さくで、俺みたいなホモ野郎とも仲良くしてくれる。和也は声が小さくていつも肩をすくめているけど、一度話してしまえば問題はないはずだ。現に俺といるときはよく喋ったしよく笑った。それが飼い主だけになついてる犬のようで嬉しかったのは確かだが、いつまでもこんな調子じゃ困る。
えっと、えっと、と言い淀んで、和也は上目遣いに俺の目を見た。すごく可愛かった。媚を売るような目つきだった。
「おれ、ちょっと、いろいろあって」
「いろいろって?何かされてんのか?」
この年になって、いじめとか?俺の言葉にブンブンと首を振って、和也は別に痒くもないであろう首筋を掻いた。その時気付いたが、和也の首にはホクロがあった。俺はますます和也にムラムラしてきたが、やはりしっぽり行こうとは思わなかった。気がない男に無体を働くほどは飢えていないからだ。ちょっとした美学のように、俺は素人男には手を出さないことにしていた。
「おれ」
「うん。言ってみろ」
「まさおさん、おれ」



ゲイなんです。和也は言った。普段よりさらに小さな声だったので、俺は思わず聞き返しそうになった。酔ったリーマンたちの声がぎゃんぎゃんと背後から食い込んでくる中で、和也の声をリピートして単語を拾い出すのにたっぷり三分はかかった。俺がだまりこくったもんだから、三分後にとうとう和也は泣き出した。すみません、おれ、わすれてください、と和也が早口に、今度は大きな声で言ったもんだから、俺の隣のリーマンが好奇心バリバリの視線を俺たちに向けたりした。
「すみません、すみません、おれ、お、おれ、帰ります。すみません、あの、あ、あの」
言葉の途中で、ズッと鼻をすすりながら、和也はスツールから滑り降りた。尻のポケットから趣味の悪い財布を取り出して、素早く札を抜き取ろうとする。俺は和也の両手をがっしりと掴んで、ちょっと落ち着け、とこれまた素早く言った。隣のリーマンが俺の肩ごしに和也を見ているのがわかった。和也の大きな口が横に広がって、真一文字をつくっていた。
「場所変えような、和也」
「……はい」
「泣くなよ」
「すみません」
俺は和也の両手をそうっと離し、伝票を握ってスツールをおりた。隣のリーマンが顔をこちらに向けていたのでまともに目があった。リーマンはさっと顔を伏せたが、俺はその後頭部をしばらく睨みつけてやった。レジまで早足に歩いていくと、後ろから和也がトボトボとついてきた。



夜の街はすごく静かだ。一歩道を外れると、そこはほとんど民家だけが並ぶ通りになる。大学周辺には大きな駅も、繁華街もなく、ただ疲れたリーマンやほろ酔いの学生がぽつぽつと車道を歩いているだけだ。俺の部屋はそんな静かな通りに面していて、ときたま通る車のライトが寝室をゆっくりと撫でていく。俺と和也はそこに座って、すこし話をして、すぐにキスをしたりした。俺もゲイだと告げると和也は嬉しそうに歯を見せたあと、うそですよね、とまた顔を曇らせた。俺はいままでの自分の下半身事情などをかいつまんで聞かせ、和也がぽっと頬を染めたり興味深げに下唇を濡らすのを観察した。和也が目を伏せたり、と思ったらちろりと俺を見上げたりするので、俺のものより一回り小さい和也の手を握ってみた。和也は感激したようにため息をもらして、そっと、怯えた様子で、俺の肩にもたれかかってきた。俺はすごく和也が可愛くなった。
「さっきも言ったけど、俺は金の絡まないセックスをしないんだ」
「まさおさん……でも、おれ」
小さな目の縁をうるませて、和也は俺の胸に手を置いた。俺はたるんだゴリラのような体型をしているので、和也の細い指が軽く沈んだ。俺は辛抱たまらなくなって、和也の薄い唇を吸った。ちょっと冷たかった。けれど和也は熱い息を、すこしアルコールの混ざった吐息を吐いて、俺の首に腕を回したりなんかした。まさおさん、と唇の端から和也がこぼすたびに、おれの息子ちゃんは被ったマントを脱ぎ捨ててムキムキと大きくなった。
和也ならいいや、と俺は思った。金を払ってセックスしたのは、金を払わないと相手がいないからだった。和也ならいいや。和也は俺を求めてくれていた。その証拠に、俺の腹に触れる和也の股間はテントを張っていた。俺は和也の頭を抱え、そのまま体を後ろに倒した。和也は俺の身体にのっかって、すこしぎこちなく舌を動かした。
そんな、和也との一夜が。


一夜があける暇もなく、俺のチンコは萎えていた。心も萎えていた。和也のばつが悪そうな顔を見下ろして、そしてちょっぴり残った涙のあとに怒りきれずに、俺は自分が泣きたい気持ちを抑えていた。和也はまだ全裸で、髪の毛よりもっと色の濃い陰毛をちらちらと覗かせていた。女みたいに膝を折って性器を隠す姿は、正直言ってかわいかった。これが濃密なセックスのあとならきっと愛おしさにあふれたんだろうが、俺たちは結局、ほんの30分ほどで体を離していた。
「…………」
どちらも口を聞かなかった。俺は怒っていたし、和也はまだ、ときどき涙がせり上がってくるようだった。しゃっくりの音が壁に吸い込まれる以外、部屋はとても静かだ。
和也は泣いた。俺がいざ、と和也の膝を持ち上げたとき、待ってください、と言って泣いた。俺は大丈夫だ、まだ入れないとギンギンのチンコをシーツにこすりつけたが、和也は下の歯を見せて泣き声をあげはじめた。焦った。きっと初めてなんだと思った。「今日はやめるか?今度にするか?」となだめながら、俺は和也の額に唇を落とした。汗をかいたそこはしょっぱくて、うっすらと血管すら浮いていて、そしてニキビの子供がちょこんと頭を出していた。かわいかった。和也は俺の首にすがって、ごめんなさいと言う。ぜんぜんかまわない。ちょっと手伝ってくれれば、息子だって全然怒ったりしない。でも和也は続けた。ゲイじゃないんです、怖いです、おれ、ゲイじゃないんです。俺はしばらく意味がわからなくて、俺の肩に顔をうずめて泣いている和也の短い髪をなでてやったりした。


それで俺は怒っている。未だに意味が、わからない。どうして嘘をついて、俺の部屋に来て、勃起して、そして嘘だと明かすのか。まったく意味がわからない。
和也を見ると、和也も俺を見ていた。捨てられた犬の目をしていた。また鼻をフンと鳴らして、俺は体ごとそっぽを向いた。壁掛時計はまだ深夜の時間帯を指している。窓の外から、キャハハと軽い女の声がしていた。和也はあんなのとヤリたかったんだろうか。興味でついてきたんだろうか。そして、いざとなって怖くなったんだろうか。それとも俺を相手に、タチでもやるつもりだったんだろうか。怒りは次第に悲しみに変わっていった。どうしようか。泣きながら、和也を蹴り出して縁を切ろうか。今からレイプしてやろうか。忘れた方がいいんだろうか。俺は胸のうちにたまったモヤモヤが心臓を締め付けるのを感じていた。締め付けられた心臓が、余計な水分を排出しようと涙腺にプレッシャーをかける。目の奥がジンと痛んだ。
「まさおさんが好きです」
「…………」
唐突に、俺の感傷を突き刺した。和也はどんな顔をしているのかわからない。俺は女みたいに惨めな気持ちになって、そして悔しくて鼻水が垂れるままにした。鼻をすすって、和也と同じになるのが嫌だった。だけど呼吸をすると勝手に鼻が鳴る。ずずーっと湿った音に続けて、和也がテンポよく音を出す。
「おれ、ゲイじゃなくて」
ずずーっ
「まさおさんが」
ずずーっ
「す、すきで」
ずずーっ
「でも、こ、こ、」
ずずーっ
「こわくて」
ずずーっ
「ごめんなさ」
ずずーっ
「ごめんなさい」
ずずーっ
ずっずっずずーっ
ずーっ……言葉は途中から消えた。俺と和也は交互に鼻をすすった。なんだこいつばかじゃねぇのと頭では思いながら、鼻から出られなかった液体が目頭からもじゅんじゅんと溢れてきた。和也の泣き顔はぶさいくでも可愛かったが、俺の泣き顔は本当に汚いから嫌だった。
きらいに。和也が言った、多分。多分というのは、嗚咽に混じっていてよくわからなかったからだ。もしかするとただ単に喉が鳴っただけかも。でもきっと和也はこういった。きらいにならないでください。下の歯を見せて、鼻の穴を膨らまして。わぁ、カッコ悪い。大の大人がふたりで、ほとんど裸で、ベッドの上で、泣いている。俺は何も言わなかった。ただ、和也の指が俺のわきばらに触れたから、それを握り返したくらいだった。いいよって、言おうと思った。鼻水が止まったら。それなら、いいよ。そう言うつもりだ。
俺のフニャチンはちょっと嬉しそうに、パンツの中でもっそりと位置をずらした。和也はかわいい男だった。俺はちょっと強く、和也の骨ばった手を握ったりしてみた。鼻水をすする音ばっかりが、うるさく部屋に落っこちた。
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HN:
某妹
誕生日:
11/16
自己紹介:
未来からきた世界のゴミ。
胸を張って手を振るぜ。うまれてきてごめんね!
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